ベタレインの研究数がスルフォラファンに比べて少ない理由は、いくつか考えられます。
1. 歴史的な背景と生合成経路の解明の遅れ
- ベタレインは珍しい色素: ベタレインは、ビーツやスイスチャード、サボテンなど、特定の植物種(主にナデシコ目)にのみ存在する色素です。一方、スルフォラファンが属するイソチオシアネートは、アブラナ科の多くの植物(ブロッコリー、キャベツ、大根など)に含まれています。この広範な分布の違いが、研究対象としての注目度にも影響を与えた可能性があります。
- 生合成経路の複雑さ: ベタレインの生合成経路は、長い間不明な点が多かったとされています。農研機構の研究トピックスにも「これまで不明だったチロシン水酸化酵素とDOPA二酸化酵素が見つかり、ベタレイン生合成の全容が明らかになった」という記述があり、比較的最近になってその全貌が解明されつつあることが示唆されています。生合成経路が不明だと、効率的な生産や、機能性を高めるための研究が進みにくいという課題がありました。
2. 生体利用効率と安定性の課題
- 不安定な性質: ベタレインは熱や光、pHの変化に弱く、不安定な性質を持っています。このため、調理や加工の過程で分解されやすく、生体内でどの程度安定的に作用するのか、その評価が難しいという課題があります。
- 生体利用効率(バイオアベイラビリティ)の評価: ベタレインが体内でどの程度吸収され、利用されるかについての研究はまだ十分とは言えません。食品から摂取したベタレインが、体内でどのように代謝され、どのような形で作用するのかという詳細なメカニズムの解明が今後の課題とされています。
3. 研究の焦点と社会的関心の違い
- スルフォラファンの明確なメカニズム: スルフォラファンは、先述のNrf2という転写因子を活性化するという、非常に明確で強力な作用メカニズムが解明されています。この「スイッチを入れる」ような働きは、研究者にとって非常に魅力的であり、がん予防や解毒作用といった社会的な関心の高いテーマと結びつきやすかったと言えます。
- ベタレインの一般的な抗酸化作用: ベタレインの主な作用の一つである「直接的な抗酸化作用」は、アントシアニンや他のポリフェノール類と共通する部分が多く、その差別化が難しかった可能性があります。
まとめると、ベタレインの研究が少ない理由は、生合成経路の解明の遅れ、成分自体の不安定性や生体利用効率の課題、そしてスルフォラファンに比べて作用メカニズムの特異性が低いと見なされてきたことなどが挙げられます。
しかし、近年では遺伝子工学を用いてベタレインを他の植物(トマトなど)で生産させ、その抗炎症作用や抗酸化作用を評価する研究も進められており、今後は研究が加速していく可能性があります。