リウィア・ドルシッラ(ローマ皇帝アウグストゥスの后)とスイスチャード

リウィア・ドルシッラ(ローマ皇帝アウグストゥスの后)とスイスチャード

紀元前15年、ローマ。
秋の太陽は穏やかに傾き始め、マルス広場からフォルム・ロマヌムへ吹き抜ける風は、乾いた土と熟れた果実の甘い香りを運んでいた。広場には帝国各地から集まった商人たちが店を並べ、シリアの香辛料、ヒスパニアのオリーブ油、エジプトの亜麻布、そしてカンパニア産の葡萄酒までが、色と匂いで買い手を誘惑していた。

人々の声が重なり、ロバのいななきや陶器のぶつかる音が混ざり合う喧噪の中、ひときわ静かな足取りで進む一人の女性がいた。純白のトガ・プラエテクスタを纏い、金糸を織り込んだヴェールで髪を覆ったその姿は、ただの市民とは明らかに異なる。近づく者は誰もが一瞬息を呑み、慌てて道を譲った。
「皇妃リウィア様だ…」
「なぜご自ら市場に?」
そんな囁きが背後で波紋のように広がった。

リウィア・ドルシッラ――皇帝アウグストゥスの妻にして、帝国で最も影響力を持つ女性の一人。公には政治から距離を置いているとされていたが、実際には彼女の意見は元老院や皇帝の決定に少なからぬ影響を与えていた。
冷静沈着な判断力、そして人を動かす言葉の巧みさ。その一方で、彼女は幼少期から農業や薬草学にも親しみ、食材の効能を熟知していた。裕福な貴族の娘として育ちながらも、畑を耕す農民や料理人から直接知識を学ぶことを好んだのだ。

この日、彼女が宮殿を抜け出して市場へ来た理由はただ一つ――夫の健康を取り戻すためだった。
最近のアウグストゥスは、連日の軍議や地方総督との謁見に疲れ果て、食欲を失っていた。夜は眠りが浅く、顔色は青ざめている。宮廷医師たちは薬湯や温泉療養を勧めたが、リウィアの心には別の確信があった。
「人は口から入れるもので養われる。薬だけでは足りない」
彼女の信条は、食材そのものの力を最大限に活かすことだった。

最近、東方から珍しい葉野菜がローマへ運び込まれたと耳にした。ギリシアの商人はそれを「ペルシスの葉」と呼び、深緑の葉に赤や黄金の筋が走るその姿は、まるで宝石を散りばめたようだった。商人の説明によれば、それは体を温め、血の巡りを良くし、疲れた兵士をも甦らせる力を持つという。
ローマの人々にはまだ馴染みのないその葉は、限られた商人の手によって高値で取引され、主に富裕層や外国出身の高官の食卓にしか上らなかった。

市場の奥、日除けの帆布の下に、その葉はひっそりと並んでいた。籠の中で濡れ布に包まれ、朝の露をまだ抱いているかのように瑞々しい。
リウィアは手を伸ばし、葉の表面を指先でなぞった。やや厚みのある葉はしなやかで、香りをかぐと、土と若葉の匂いの奥に甘さと青みが混ざり合っていた。
「これなら、陛下の体も…」
そう小さく呟いたとき、ふと背後に人の気配を感じた。

振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
短く刈り込んだ髪、精悍な顔つき、しかしその瞳には計算された笑みが宿る。元老院の議員、ルキウス・カッシウス――宮廷内では皇帝の改革に反発する派閥の中心人物の一人だ。
「これは驚いた。皇妃殿下が、市場で野菜をお求めとは。お料理の趣味でもお持ちで?」
口調は柔らかかったが、探るような視線は隠そうともしない。

リウィアはわずかに微笑み、何事もないように返した。
「夫のために、新鮮なものを選びたくて」
その声には、真実と虚構が巧みに混ざっていた。

だが、心の奥では警鐘が鳴っていた。この珍しい葉が宮廷の食卓に並べば、必ず誰かがその意味を読み取るだろう。食材ひとつでさえ、政治の道具となるのがローマという都なのだ――。

はい、できます。
では先ほどの「承」を、さらに細部まで描き込み、実際にその場にいるかのような臨場感と歴史的リアリティを加えて長文に仕上げます。
厨房の動き、料理の質感、晩餐の場の空気、人物の心理戦などをより具体的にします。


【宮廷料理】スイスチャード

市場から宮殿に戻ると、リウィアは迷わず厨房へ向かった。
宮殿の厨房は、半地下に広がる迷路のような空間だった。壁際には大きな石造りのかまどが並び、火口からは橙色の炎と白い煙が立ち上っている。銅製の鍋や鉄のフライパンが所狭しと吊るされ、床には新鮮な獲物や野菜が籠ごと置かれていた。
香草の束は天井近くに逆さに吊るされ、ローズマリーやタイムの香りが空気に混じる。奴隷や料理人たちは汗をぬぐう暇もなく動き回り、包丁がまな板を叩く軽快な音が響き渡っていた。

籠を抱えたリウィアが現れると、その場のざわめきがわずかに収まった。料理長ガイウスが慌てて前に出て、深く頭を下げる。
「お戻りとは存じませんでした、皇妃殿下」
「少し見せたいものがあって」
リウィアが籠の布をめくると、ガイウスの瞳がわずかに見開かれた。
「…これは、初めて見る葉ですね」

籠の中の葉は、深い緑に赤や黄金の筋が走り、茎は宝石のような光沢を帯びていた。
「市場で見つけたの。ギリシアの商人が“ペルシスの葉”と呼んでいたわ。胃を温め、血を巡らせる力があるそうよ」
リウィアは一枚手に取り、水桶に沈める。水面に浮かぶ葉の模様が揺れ、まるで絹布が波打つようだった。

料理長は慎重に葉と茎を分け、茎は細かく刻んでオリーブ油でゆっくり炒めた。
鉄鍋に触れた瞬間、油の香りが立ちのぼり、茎からは淡い甘みを含んだ香りが広がる。次に刻んだ葉を加え、少量のガルム(魚醤)と山蜂の蜜をほんの一滴。最後にローマ産の白ワインを振りかけ、弱火で煮含める。
味見をしたガイウスは驚きの表情を浮かべた。
「柔らかく、滋味があります…茎は甘く、葉は力強い味わいです」
リウィアは頷き、満足げに言った。
「これなら、陛下のお口にも合うはず」

その夜、宮殿の大広間では晩餐が催された。
長卓の上には白布が掛けられ、黄金の燭台が灯りを揺らめかせている。銀食器の間には葡萄酒の壺が置かれ、牡蠣や鹿肉のロースト、無花果の蜂蜜煮が並んでいた。香油の香りと肉の焼ける匂いが入り混じり、豪奢な空気が漂っている。
出席者はアウグストゥスを中心に、将軍や元老院議員、属州総督まで多岐にわたり、その表情には笑みの裏に計算の影が見えた。

やがて給仕が、深い銀鉢に盛られた新しい料理を運び入れた。緑と赤と黄金が織りなす温野菜、それがリウィアのスイスチャード料理だった。
アウグストゥスは匙を取り、一口食べた。
「…これは、初めての味だな」
口に広がる優しい甘みと、後から来るほのかな苦味。しばらく沈黙してから、彼は再び匙を運んだ。
「柔らかく、体が温まる…よい」
その顔にわずかに血色が戻ったのを、リウィアは鋭く捉えた。

しかし、卓の端では別の空気が生まれていた。
「珍しい葉だな…東方の輸入品だと?」
「高価だぞ。皇妃が自ら用意とは」
「陛下の健康が回復すれば、我らの立場も…」
囁きは低く、しかし確実に広がっていった。ローマでは、皇帝の健康は政治そのものであり、その回復は誰かの権力を脅かす。

晩餐の終わり、ルキウス・カッシウスがゆっくりとリウィアに近づいた。
「本日の料理、まことに美味でした。ですが――あの葉、どこで手に入れられたのです?」
言葉は礼儀正しいが、その眼差しは獲物を測る狩人のそれだった。

リウィアは一瞬だけ視線を逸らし、そして静かに笑った。
「市場で、ただの偶然ですわ」
その声の柔らかさの奥に、彼女の計算と覚悟が潜んでいることを、この場で察した者はほとんどいなかった。


【陰謀】(カッシウスの企み)

晩餐から二日が経ったローマ宮殿。朝の陽光が大理石の床に反射し、白く輝く広間には涼しい空気が流れていた。アウグストゥスは公務の合間に、数名の元老院議員と談笑している。皇帝の表情は穏やかだが、その背後には常に護衛兵と侍従が控え、権力者の孤独を物語っていた。

その場面を、議員ルキウス・カッシウスは少し離れた回廊から観察していた。
――やはり、顔色が良くなっている。あの夜の料理…あの鮮やかな葉だ。
彼は内心で何度も反芻していた。

スイスチャード――東方由来とされるが、ローマの市場ではほとんど見かけない植物だ。葉の色は血のような深紅と黄金の筋が混じり、光を受けるとまるで宝石のように輝く。リウィアは「帝の健康のため」と言っていたが、宮廷では昔から、薬草や香料を使った暗殺の噂が絶えない。事実、先帝時代には小さな毒草が一国の行方を変えた例もある。

翌朝、カッシウスは人目を避けて宮廷の厨房へ向かった。厨房は朝の仕込みで活気に満ち、香辛料の匂いが漂っていた。大理石の調理台では若い下働きたちが野菜を刻み、釜からは羊肉の煮込みの湯気が上がっている。

カッシウスは年配の調理人ガイウスを呼び止め、低い声で囁いた。
「先日の晩餐で使った、赤と金の筋の葉はまだ残っているか?」
ガイウスは周囲を確認し、小さな籠を棚の奥から取り出した。葉はまだ瑞々しさを保っており、指先で触れるとわずかに土と鉄の匂いがする。
「陛下もお気に召されたご様子で、皇妃様はまた市場で求められると仰っていました」
「どこの市場だ?」
「ギリシア商人から…ただ、名は存じ上げません。奴は昨日の朝にはローマを発っておりました」

カッシウスは葉を一枚、革袋に入れ、宮廷を離れた。向かった先は医師セクストゥスの邸宅だった。彼は植物学と薬理に通じ、軍医として東方遠征にも従事した経験を持つ人物だ。

午後、セクストゥスは葉を手に取り、形や色、香りを慎重に調べた。
「毒ではないようだ。ただ、胃の働きを活発にし、血の巡りを促す効能がある。熱を持つ性質もあるため、体力のある者には良いが、衰弱している者に多量を与えると高熱を引き起こすかもしれん」
カッシウスの眉がわずかに動く。
――つまり、用い方次第では武器にもなるということだ。

この診立ては、カッシウスにとって格好の材料だった。彼は元老院の中で反リウィア派の議員と密会し、噂を広める段取りを始めた。
「皇妃が東方から不明の葉を持ち込み、陛下に食べさせた」
「効果はあれど、危険性もある」
「これは偶然か、それとも計算か」

噂は元老院の回廊から元老院議場、そして貴族の社交場へと瞬く間に広がった。やがて商人や奴隷たちの間にも話が降りてきて、「皇帝は新たな薬草で命を救われた」派と、「危うく病に倒れるところだった」派に分かれ、街角の居酒屋ですら議論の種になった。

だが、肝心の商人は行方不明だった。市場の記録にも取引の記載はなく、まるで最初から足跡を消すように立ち去ったかのようだ。調べれば調べるほど、これは偶然ではなく、計画的な行動の匂いが濃くなっていった。

その夜。
リウィアは月明かりに照らされた庭園を歩いていた。白いチュニックの裾が大理石の床をかすめ、足元には月光と影が交互に揺れる。背後から控えめな足音が近づき、侍女ユリアが囁いた。
「奥様、葉の件で元老院の中が騒がしいと…」
リウィアは歩みを止め、ゆっくりと夜空を見上げた。
「噂は、時に真実を隠すための布であり、敵を炙り出す鏡でもある。焦る必要はない」
その声は穏やかだったが、瞳には冷ややかな光が宿っていた。

そして翌朝。
彼女は誰にも告げず、市場へ向かうための馬車を用意させた。揺れるカーテンの向こうで、薄く微笑んだまま、彼女は次の一手を思案していた――。



リウィアは夜明け前の静かな宮殿を出て、馬車で市場へと向かった。街の空は薄い金色に染まり始め、石畳には商人たちの足音と荷車のきしむ音が響く。

彼女は迷いなく奥の路地へ進み、そこで先日と同じギリシア商人と対面した。
「この葉を、安定して手に入れたいの」
商人はにこやかにうなずき、包みを開けた。赤と金の筋を持つスイスチャードが、朝露をまとって輝いている。

「この葉は東方の沿岸地域で育ちます。温暖な気候と肥沃な土壌が必要で、輸送も難しい。しかし、定期的に取引すれば、ローマにとっては珍しい健康の恵みとなるでしょう」
リウィアは少し考え、彼に取引契約と護送の許可証を与えた。これは単なる食材の取引ではなく、ローマと東方の新しい商路の第一歩でもあった。

その後、元老院には医師セクストゥスの診断書が届けられた。
「この葉は滋養強壮に優れ、陛下の体力を回復させる効果がある」
議場は静まり、カッシウスの疑いは完全に退けられた。代わりに、スイスチャードを東方から安定輸入する計画が議題となり、外交担当の議員たちが動き出した。

数週間後、アウグストゥスは宮殿の中庭でリウィアと並んで座っていた。
「君が手配した葉のおかげで、体が軽く感じる。それに、商人たちの間で東方貿易の話が活発になっている」
「健康は国を強くします、陛下。そして、交易は国を豊かにします」

その言葉にアウグストゥスは静かにうなずき、遠くの庭では料理人たちが再びスイスチャードを刻んでいた。
やがて、この鮮やかな葉は「帝の健康を守った薬草」としてローマ全土に知られることになる――。

スイスチャードが結んだ東方との絆

季節は巡り、ローマにスイスチャードがもたらされてから一年が経った。
今や市場では、色鮮やかな葉が庶民の食卓にも並ぶようになり、料理人たちはその栄養価と鮮やかな彩りに魅了されていた。

リウィアは宮殿の広間で、東方からの使節団を迎えていた。彼らは絹の衣をまとい、箱に詰めた香辛料や陶器、そして品種改良されたスイスチャードの種子を携えていた。

「陛下、この種は私たちの国で代々守られてきたものです。ローマで育てれば、味も香りもまた異なるものになるでしょう」
通訳を介して語られるその言葉に、アウグストゥスは深くうなずいた。
「交易だけでなく、知識も共有できるのは喜ばしい」

その夜、宮殿の厨房では、ローマの料理人と東方の料理人が並び立ち、互いの技を見せ合っていた。スイスチャードはローマ風の温かい煮込みやパイだけでなく、東方風のハーブと果実を合わせた冷菜にも姿を変えた。香りや味が混ざり合い、まるで料理そのものが両国の文化を象徴しているようだった。

やがて、東方から来た医師がローマの市民に向けて、薬草の育て方や利用法を広め始めた。市場には新しい栽培技術が根づき、農家たちはより多くのスイスチャードを育てられるようになった。

翌春、リウィアは宮殿の庭に作られた「東西友好の菜園」を歩いていた。そこでは、ローマの太陽と東方の知恵が育んだスイスチャードが、風に揺れて光っていた。
隣でアウグストゥスが微笑む。
「この葉が、国を越えて人を結びつけるとは思わなかったな」
「健康は人を穏やかにし、穏やかな人は橋を架けます」

遠く港には、次の交易船が帆を上げていた。
スイスチャードは、もはや一つの食材ではなく、東西の架け橋として歴史に刻まれていくのだった――。


わかりました。では、第三部として「ローマでの栽培成功と祭り開催編」を書きます。
今度はスイスチャードを軸に、市民と国全体が一体感を持つ温かい展開にします。


スイスチャード祭 ― ローマを彩る日

東方との交流から数年。
ローマ近郊の丘陵地では、春になると赤と金の筋を持つスイスチャードが一面に広がり、遠目には宝石をちりばめた絨毯のように見えるようになった。農家は安定した収穫を得られるようになり、宮殿だけでなく市民の食卓にもふんだんに並ぶようになった。

この豊作と東方との友好を祝うため、元老院は新しい祭りを制定した。
名は「ルーメン・フォリウム(葉の光祭)」。春分の日、ローマ全体が鮮やかな葉の色で飾られる日だ。

祭り当日、フォロ・ロマーノ(公共広場)には農家や商人が出店を並べ、料理人たちが創意工夫を凝らしたスイスチャード料理を提供した。色鮮やかな煮込み、薄く焼いた生地に包んだパイ、果実と合わせた甘酸っぱい冷菜――市民は皿を手に笑顔で広場を歩き回る。

午後、宮殿前の特設舞台で、アウグストゥスとリウィアが市民の前に立った。
「この葉は、我らの健康を守り、東の友と我らを結びつけました。今日、皆と共にこの豊かさを祝えることを誇りに思います」
アウグストゥスの声に、市民の拍手と歓声が広がった。

その後は舞踏団や楽士たちが演舞を披露し、夜になると広場の中央に巨大な葉を模した灯籠が灯された。赤と金の光が石畳を染め、市民たちは歌い踊りながら春の訪れを祝った。

リウィアは舞台の端から広場を見渡した。
かつては珍しい薬草に過ぎなかったスイスチャードが、今では国の象徴となり、人々の絆を深めている。
「葉は、健康をもたらし、健康は笑顔をもたらす…」
そのつぶやきに、隣のアウグストゥスも静かに頷いた。

夜空には満月が浮かび、香ばしい料理の匂いと笑い声が、ローマの街を包み込んでいた――。

わかりました。では第四部として、「祭りが時代を越えて受け継がれ、周辺地域へと広がっていく物語」を、健康と交流を軸に、できる限り長文でお届けします。


葉の光は海を渡る ― 受け継がれた健康の暦

春分の朝、ローマの暦を記す石板に、小さな葉の印が刻まれた。
ルーメン・フォリウム――葉の光祭。
制定から幾年も経つうちに、この印は宮殿の行事を示す記号ではなく、市のパン屋、浴場の掲示板、農家の納屋、家々の戸口にまでひっそりと描かれる、人々の生活の目印になっていった。祭りの日、家族は新鮮なスイスチャードを手に市場へ出かけ、鍋やパンを持ち寄って広場に集う。そこにあるのは権威ではなく、体と心を整える食の習わしだった。

やがて葉の光は街道に沿って旅に出る。
オスティアの港では、船乗りたちが積荷の間に紙包みを挟み込む。包みの中身は乾かした葉と、掌ほどの小瓶に詰めた種子。積み込む者は片手で簡素な祈りを示し、もう一方の手で縄を引く。彼らは知っているのだ。長い航海で野菜が手に入りにくくなるとき、乾いた葉を湯で戻し、オリーブ油と塩で整えただけでも体が軽くなることを。船の台所で湯気が立ちのぼるたび、故郷の広場に灯る葉の灯籠の光景が、誰かの脳裏に浮かぶ。

数年後。
ヒスパニアのエメリタ・アウグスタにローマ退役兵のコロニアが築かれた。
土色の丘に畑が広がり、川沿いの湿り気を含む土壌は、上手に耕せば葉ものに向いている。退役百人隊長だった男は、腰にぶら下げた小袋から東方由来のスイスチャードの種を取り出し、村人に分け与えた。
「春分の日、この葉でスープを作る。体を整え、次の季節の労働に備える。ローマではそうする」
村の女たちは石臼で麦を挽き、男たちは水路を整え、子どもたちは赤と金に縞を引く葉脈に目を丸くした。最初の収穫はささやかだったが、鍋の中で葉が静かに沈み、蒸気とともに立ち上る香りは、知らぬ土地に根づくための勇気を与えた。やがて「葉の光」は、地方の名を冠して呼ばれるようになる。ヒスパニアではディエス・フォリオルム、ガリアではフォレ・ルメン、呼び名は変わっても、食卓に並ぶ碗の温かさは変わらない。

東へ目を転じれば、アレクサンドリアの学者たちが動いた。
風通しの良い柱廊で、ギリシア語とラテン語が交錯する。書記たちは、種の選び方、土壌の塩分管理、葉柄の太さを増す剪定の時期、茹で汁の使い道までを丹念に記した。パピルスには「葉を煮る湯は捨てず、麦粥に加えると良い」とある。港に面した施療所では、司祭と医師が共同で「健康の台所」を開き、労働者や孤児に温いスープを振る舞った。彼らは病を魔法で祓うのではなく、腹を満たし、体を守る方法を教えた。学問と慈善が並び立つ光景は、葉の光祭のもう一つの顔だった。

アンティオキアでは、地震の年にも灯が消えなかった。
倒れた壁の隙間から人々が広場へ出ると、壺を抱えた女が、煤けた竈で葉の煮込みを作っていた。油は少ない、塩も貴重だ。だが鍋には麦、砕いた豆、それに刻んだ葉が入っている。しばしば人は、言葉よりも先に湯気の立つ鍋に集う。瓦礫の上で配られた一杯は、誰かの泣き声を止め、誰かの怒りを和らげ、誰かの疲れをほどいた。葉がもたらす健康は、体力の回復という目に見える効能にとどまらず、共同体をつなぐ紐でもあった。

ガリアのルグドゥヌムでは、祭りは土地の風習を吸い込みながら育った。
春分の夕方、子どもたちは赤と金に彩った紙の葉を竹篭の灯にかぶせ、丘の上を行列する。ローマの葉灯籠に、ケルトの火の祭りの名残が重なる。鍛冶職人の親方は、葉の筋を模した銀細工の留め具を作り、パン屋はほうれん草に似た香りを持つこの葉で色づいた緑のパンを焼いた。市壁の外では修道士たちが畝を整え、客人に種を手渡す。「庭を作りなさい。毎日、あなたが食べるものを、あなたの両手で確かめなさい」と。

アフリカ・プロコンスラルのカルタゴでは、熱と光が祭りの性格を変えた。
昼間は暑いので、葉の光祭は日没から始まる。市民は家の中庭にテーブルを出し、クミンとコリアンダーで香りづけした葉の炒め物を作る。塩漬けの魚醤で旨みを足し、固いパンで汁を拭う。石壁に投げかけられた灯の影が、葉脈の形に揺れて美しい。水利を司る役人は、灌漑用水の一部を葉菜畑に配分するよう命じた。「病は貧しさと乾きから生じる。畑はそれを和らげる」と。葉の光祭は、都市の健康政策と結びつき、畑の絵が刻まれた小さな銅貨が出回った。片面には、赤金の葉脈を模した縞が刻まれている。

ローマ本国でも制度は整えられた。
「葉栽培組合(コッレギウム・フォリオルム)」が正式に認められ、種子の保存庫がホレアの一角に設けられる。凶作に備え、乾燥葉と種を各属州へ配る仕組みができた。兵站担当官は冬営の食糧に乾燥葉の配給を加え、軍医は兵士に「温湯で戻し、油と塩で和え、豆と食す」と記した。葉はもはや珍品ではない。生活の技術そのものになった。

アントニヌスの時代、疫病が人を奪った。
葉の光は病を止める魔術ではない。だが人々は知っていた。食べること、眠ること、体を温めること、これらを支える日々の手当てが、絶望を少し遠ざけることを。元老院は葉の光祭に合わせて「共同炊き出しの誓い」を布告し、医師の会は「葉の誓い」と呼ばれる短い宣言文を作った。「我らは体温を確かめ、水を煮沸し、葉と穀を配る。健康は神からの贈り物であると同時に、人の手で守られる」。祭りは祈りと実務が両立する不思議な行事へと成熟していく。

新しい信仰が帝都を包むときも、葉の光は姿を変えて残った。
司教は説教壇から言った。「創られたものを良しとし、互いの体を気づかうことは、最も古い掟の延長にある」と。葉灯籠はオイルランプに形を変え、広場の施療所は施しの台所へと名を変えた。古い神殿の影に、静かに鍋がかけられ、孤児の皿に湯気が満ちる。祭りは争いの火ではなく、暮らしを灯す火を守る場所に落ち着いた。

やがて帝国の輪郭が薄れ、道が荒れ、城壁が低くなっても、葉の光は消えなかった。
山あいの修道院では、種の小袋が帳面と共に大切に保管され、旅の巡礼者に分けられた。修道規則の一節に「菜園の葉を毎食に添えること」と書きつけた院長は、乾いた笑いで言った。「これは徳のためというより、風邪をひかないためだ」。彼らは現実的だった。畑を耕すこと、葉を湯がくこと、塩を加減すること――信仰と同じくらい、健康もまた日々の反復の中で守られると知っていた。

海の向こうにも、葉の光は渡った。
商人船がエブロ川の河口からさらに西へ向かうと、潮のにおいが濃くなる。沿岸の小さな港町で、漁師の女が葉の入った鍋をかき混ぜ、干した魚と合わせた。言葉はローマのものではなく、歌も節回しが違う。けれど鍋の湯気はどこか懐かしい。さらに南、地中海の碧を越えた交易の港では、香辛料の香りに混じって葉を炒める匂いがした。商人たちの帳面には、異国の調理法が記され、地図の片隅には小さな葉の印が押された。そこは安全な井戸があり、共有の竈があり、旅人が体を整えられる場所――葉の印は、旅の者への道しるべになった。

ある年の春分、ローマではこんな光景があった。
フォロ・ロマーノの片隅で、若い書記が古文書を写している。師匠は彼に、かつてアレクサンドリアで編まれた「健康の書」を見せた。ページの端に、東方の医師とローマの料理人が並んで鍋を覗き込む、小さな絵が描かれている。「見なさい」と師匠は言った。「学問は書物だけでなく、煮炊きの湯気の中にも宿る。葉の光祭が続いたのは、儀礼としてではなく、暮らしの約束だったからだ」。若者は頷き、筆を走らせる。彼の背中には、葉灯籠の淡い光が揺れていた。

時代は下り、地方ごとに祭りの歌が生まれた。
ヒスパニアの谷では、羊飼いが葉の色を讃える短い歌を口ずさみ、ガリアの町では子どもが葉の形のクッキーを手に笑った。アフリカの夜市では、香辛料の山の脇に乾燥葉の束が積まれ、商人が「旅の腹を守る」と胸を張る。東の港町では、香草の束の間に赤金の筋がのぞく。語彙は変わり、宗教も、王の名も、貨幣の肖像も変わる。けれど葉の筋は変わらない。人が火を起こし、水を温め、誰かと分ける、その基本の所作に寄り添う植物であり続けた。

リウィアの名を覚える者が少なくなってからも、物語は残った。
宮殿の庭に設けられた「東西友好の菜園」は、たびたび荒れ、また耕され、新しい時代の庭師が草を抜き、種を蒔いた。古い石柱の台座には、風に擦れた銘文がある。「健康は国の基、食は健康の基」。風が吹くと、葉脈に似た影が石に走る。庭師は腰を伸ばし、空を見上げる。雲の切れ間から洩れる光が、畝を斜めに撫でた。

そして今も、どこかの町で春分が来る。
広場では大鍋が湯気を上げ、誰かが葉を刻んでいる。老人が子に包丁の持ち方を教え、旅人が自分の国の調味料を少し加え、見知らぬ者同士が同じ椀を両手で受け取る。歌が始まり、灯がともる。赤と金の灯が並ぶと、石畳は柔らかい色の波に染まる。
誰かが尋ねる。「この祭りはいつから続いているの?」
誰かが答える。「とても昔さ。誰かが、誰かの健康を願ったときから」

葉の光は、歴史書の一行ではなく、台所と畑をつなぐ細い道に沿って、今日まで続いている。
それは帝国よりも長く、王朝よりも静かに、戦いよりも確かに、人の暮らしに根を張った。
一枚の葉が火の上で柔らかくなっていく、その何気ない時間の中に、国境も時代も越える力がある――と、人々は実感で知っている。だから今年も、誰かが種を蒔き、誰かが鍋を火にかけ、誰かが灯をともす。

葉の光は海を渡り、丘を越え、台地を巡り、また帰ってくる。
次の春分にも、きっと同じように。

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